監修:社会保険労務士法人 ヒューマンリソースマネージメント
特定社会保険労務士 馬場栄 監修:社会保険労務士法人
ヒューマンリソースマネージメント
特定社会保険労務士 馬場栄
今週のピックアップ
◆「賃金のデジタル払い」とは
◆「賃金のデジタル払い」を導入するまでの流れ
◆「賃金のデジタル払い」の留意点は
「賃金のデジタル払い」とは
厚生労働省は2024年8月9日に、スマートフォンの決済アプリ等を利用した賃金のデジタル払いに対応する初めての資金移動業者として「PayPay」を指定しました。
労働基準法第24条では、「賃金は通貨で直接支払うこと」が原則とされていますが、これまでも労働者の同意を得た場合には、銀行の預金口座等への振込みが認められていました。
これに加えて、キャッシュレス決済の普及や送金手段の多様化のニーズに対応するため、法改正により、労働者が同意した場合には、厚生労働大臣が指定した資金移動業者(例:〇〇Pay等資金の送金サービスのこと。以下省略)の口座への賃金のデジタル払いも認められることになりました。
賃金のデジタル払いは、労働者にとっては銀行口座を介さずに直接デジタルマネーで受け取れるため、手数料が安く、利便性が高いと言われています。
一方で、あくまで賃金の受取方法の選択肢が一つ増えたにすぎず、賃金のデジタル払いを導入した企業において、すべての労働者がデジタルマネーの利用を強制されるものではありません。
今回は、「賃金のデジタル払い」をテーマに取り上げて、企業側で必要となる対応等についてご案内したいと思います。
「賃金のデジタル払い」を導入するまでの流れ
賃金のデジタル払いを導入するためには、以下の手続きが必要と考えられます。
(1)就業規則の改定および届出
賃金の支払い方法については、就業規則の絶対的必要記載事項であることから、賃金のデジタル払いを採用するためには、就業規則への規定が必要と考えられます。
厚生労働省が公表している現在の「モデル就業規則」(令和5年7月版)には、賃金のデジタル払いに関する規定はありませんが、今後、新たに追加されると思われます。
(2)労使協定の締結
賃金のデジタル払いを導入する場合は、労使協定の締結が必要です。
労使協定には、以下の事項を記載します。
■ 対象となる労働者の範囲
■ 対象となる賃金の範囲とその金額
■ 取扱指定資金移動業者の範囲
■ 実施開始時期
※厚生労働省ウェブサイトに労使協定例が掲載されています。
【参考】
資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について|厚生労働省
(3)労働者への説明と個別の同意取得
労使協定を締結した上で、賃金のデジタル払いを希望する労働者に対して、賃金のデジタル払いに関する説明を行い、個別の同意を得ます。
説明の際には、賃金の受取方法に関する他の選択肢(預貯金口座への振込み、または証券総合口座への払い込み)もあわせて提示します。仮に、労働者が希望しない場合には、賃金のデジタル払いを強制できませんのでご注意ください。
なお、労働者から同意を得る際に、賃金のデジタル払いを行う口座に賃金を振込むために必要な情報(受取希望額、指定代替口座等)も取得します。
【参考】資金移動業者口座への賃金支払に関する同意書|厚生労働省 [PDF]
(4)事務処理の確認
賃金支払を行うための手続きは、資金移動業者によって異なる可能性があるため、以下のような点について事前に確認を行っておきます。
■ 口座残高上限の設定金額
■ 1日当たりの払い出し上限の設定金額
■ 労働者や使用者の手数料負担の有無と金額
■ 支払い方法(例:企業側も資金移動アカウントを作成し、そこから労働者のアカウントに支払うのか・現行の銀行振込みと同様の手続き、手順を踏むのか等)
「賃金のデジタル払い」の留意点は
■ 賃金のデジタル払い用の口座は上限額が定められている
賃金のデジタル払い用の口座は「預金」するためではなく、支払いや送金に用いるためのものなので、口座残高上限額は100万円以下に設定することとされています(「PayPay」の口座残高上限額は20万円)。
仮に、上限額が100万円を超えてしまった場合は、あらかじめ労働者が指定した銀行口座等に自動的に出金されます。
また、資金移動業者が1日当たりの払い出し上限額を設定している場合には、賃金のデジタル払い用の口座の上限額はその金額以下に設定されます。
■ 賃金のデジタル払いとするか、銀行振込みとするかの選択が可能
労働者が希望しない場合は賃金のデジタル払いを選択する必要はなく、これまでどおり銀行口座等で賃金を受け取ることができます。また、賃金の一部をデジタル払いで受け取り、残りを銀行口座等で受け取ることも可能です。
ただし、現金化できないポイントや暗号資産(仮想通貨)での賃金支払は認められていません。
前述のとおり、使用者は賃金のデジタル払いを希望しない労働者に強制することはできませんが、反対に、労働者が賃金のデジタル払いを希望したとしても、使用者が必ず応じる必要もありません。
労働者本人の同意がない場合や、賃金のデジタル払いを強制した場合は、使用者は労働基準法違反となるのでご注意ください。
現在、厚生労働省から指定されている資金移動業者は「PayPay」のみですが、今後拡大していくことが予想されます。
社会全体もキャッシュレス化が浸透してきていることから、従業員から賃金のデジタル払いに関する問合せが出てくることも考えられます。自社で賃金のデジタル払いをどのように対応していくか、制度の導入にかかる手間や運用面も考慮しながら、メリット・デメリットを含めて、早めに検討を開始することをおすすめいたします。
本記事が皆様のお役に立てれば幸いです。
今後もKING OF TIMEをご愛顧いただけますよう邁進してまいりますので、何卒よろしくお願いいたします。